2006年04月13日

武士は喰わねど… 戦国兵糧事情

戦国時代は、全国各地で様々な合戦が行われた。
この合戦に際し、武将たちが何に頭を痛めたか。

その一つが「兵糧」、平たく言えば食事だ。
「何を呑気な」と思われるかもしれないが、
これが実に重要な要素だった。

0413b.jpg

織田信長専任の足軽制(職業軍人、
これ以前は殆どが農民を徴用していた)を布くまでは
いい飯が出る方に仕える」なんてのは割と当たり前。

で、実際の食事の内容だが、時代的にもかなり質素な物であった。
※ただ米だけはたらふく食えたらしい。
主に米、雑穀、汁物、漬物、時々は鳥や魚などの
肉類も振舞われたと文献にはある。

平時には、このような感じだったが、いざ合戦となると
落ち着いて食事など出来はしないと思いきや、
余程の最前線でも無い限り、隙を見ては
携行食料、干飯(ほしいい)や握り飯などをぱくついていたらしい。

多用されていたのが、荷作り用の縄
これは藁ではなく、芋がら(イモ類の茎)を味噌で煮込んだ物が
使われており、荷解き後も捨てずに「食料」として利用していた。
適当な大きさに刻み、陣笠に水を入れ、軽く煮込めば
即席味噌汁の出来上がり。
※陣笠は紙や布製だったが、中の水分が
 無くならない限り燃える事は無い。

強行軍時には、食事休憩をとる時間も惜しみ、
沿道の村々に炊き出しをさせ、これを歩きながら食べるといった
方式が取られていた。
これは事前の根回しや
普段からいかに領民を掌握しているか、
これらで成否が大きく分かれていた。

秀吉は、この強行軍を得意としていたが、
彼独特の人と成り、気さくな人柄が広く領民に愛されていたからこそ
なせた技ともいえるだろう。

0413a.jpg

この「天下人」の中でも、
不気味さと愛嬌を併せ持つ独特の人物として
描かれている秀吉
各編によって、その役割も大きく違っている。
君が好きなのは、どの編の秀吉かな?


posted by 野座羅氏 at 21:10 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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