2006年04月06日

秀吉配下としての巨城攻略戦 小田原城攻め

史実では、秀吉率いる大軍勢が包囲網を敷き、
城内での戦闘をしないまま決着したのが

この「小田原城攻め」
信長編・小田原城攻めでも触れたけど、
15万にも及ぶ大軍勢、そして余裕の態度で
布陣する秀吉勢を目の当たりにしたら、
そりゃ抵抗は無駄と誰でも悟ろうというもの。

0406a.jpg

この「天下人」徳川編での合戦は、
家康らが先発隊として布陣するあたりまでは
史実になぞらえている。

だが、この徳川編では、篭城するのは北条氏
そして足利義昭!!
相も変らぬ「人の手を借り虚勢を張る」将軍様だ。

0406b.jpg

秀吉率いる別働隊が加勢してくれるとは言え、
敵の防御網は強固。
特に三の丸に配置された
弓・鉄砲などの射撃部隊
石弓の攻撃は、放置したままだと
手痛い打撃をこうむる事必至!!
早めに潰しておこう!!

0406c.jpg

また本丸近辺には風魔忍の頭領、
風魔小太郎が何やら策を弄して待ち構えている。
これにも充分注意して、この巨城を攻め落としてくれ!!

ところで先月末から始まった
獅子猿氏の「サイン入り予約特典画集」のプレゼント
もう応募ハガキは送ったかな?
アンケートに答えるだけの簡単さだから、
どんどんハガキを送ってくれ!!
詳しくは公式HPの応募要綱を参照してくれよ!

奇しくも1590年の今日、4月6日は
秀吉の軍勢が小田原城包囲の布陣を固めた日だ。
※4月4日説もある。

この日より数ヶ月の後、小田原城はほぼ無血開城され、
ここに関東の名門北条氏は歴史の表舞台から
転がり落ちることとなっていく。

この北条氏凋落は、後の徳川家康の江戸移転の布石ともなる
歴史の大いなる転換点だった。


posted by 野座羅氏 at 16:45 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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